わたしがマレーシアを去った訳。

シンガポール

シンガポールに来てもう10日間くらいが経ちました。ブログを書くのも1年以上ぶりというご無沙汰ぶり。笑 みなさま、どーも、若草です。

さっき去年の自分のブログを読み返していて、

 

「たぶんずっとKL(クアラルンプール)を去ることはない」

って過去に書いていたことに正直ビックリした。無責任にて申し訳ないふらふらあせあせ(飛び散る汗)確かに1年半くらい前まではそう思ってたなって、ようやく思い出した。私がKLを去って、今シンガポールで働き始めたのには理由があって。たぶん、最後のブログを書いた後の1年半、というかKL滞在最後の8ヶ月ほどで、私はありとあらゆるマレーシアの側面を見てしまった、ことが大きな要因になってます。

 

簡単に一言で言うと、マレーシアという国に失望したということ。

 

それまでたぶん、私はあまっちょろくでしか仕事をしてなくて、マレーシアでのほほんと暮らしていたけど、KL滞在最後の8ヶ月の仕事の、急な激務さの中で、それまで見ることのなかったマレーシアという国の色々な側面に触れ、国の仕組みが見えてくるにつれ、ガッカリというか、苛立ちというか。

それでも、自分として出来る限りの改善策の提案と行動を起こしてきた。でもね、マレーシアって国は、ていうかもしかしたら、イスラム教の国がみんなそうなのかもしれないけど。根本が、先進国の理論とは違っているから、頑張っても頑張っても、絶対に報われることはない。
そしてその仕組みを利用して、自分は無傷のまま、自分の懐を肥やそうとしている腹黒い人たちがいて、
戦っても、戦っても、自分が傷つくだけだし、
ダメだこりゃと思った。
改善の余地がないと悟ったとき、もう、去るしかないなって思った。私は思うのだけど、国の政治も会社のマネジメントも、上がどうしようもなかったら、そこはずっと、どうしようもないまんまなんだなって、思う。
ダメな上がのさばるから、ダメな下を作り出し、
イスラムのなのか、インド人の階級社会のそれのせいなのかは分からないけど、マレーシアにおいて、下剋上というのは100%「絶対に」あり得ない。ダメな上の人たちがのさばるために、出来る人というのは叩かれ、それがどんどんどんどん国のレベルを下げていくのであって、そんな下落してしまったマレーシアという国を、今MH370便失踪の件で世界が見ることができて、あの国が世界の笑い者になったとき、自ら気づいて少しでも改善していけばいいのにと思う。
散々ツイッターでもつぶやいていたけど、あんまり日本人ぽくない私だけど、いちおう、日本で育ち、日本の教育を受けた私にとって、彼らの口から発せられる言葉は、理解不能で、いつも自分の身を守ることしか考えていなくて、何度、何度、憤慨して、悔しくて、無力な自分に涙をしたことだろう。

 

母に「辞める」と伝えたとき、「あら、あなたって子は本当に(仕事が)続かないのね」と言われたけど、あの8ヶ月間、私はたぶん、人がのほほんと仕事をしている数年分くらいの仕事量をこなしていたと思うし、日本語と英語とマレー語 (実際はインドネシア語) を駆使して、少なくとも3人分以上の役回りは果たしてた。できない日本人の上司と、何でも”i dont know lah”のマレーシア人の分と。(ちなみに後から聞いた話だと、私の後任は3人も雇われたらしい。あの仕事量、私一人で全部やってたのにw)

 

実際仕事は、常に7-8件の案件が同時進行していて、トイレに入っている間も、運転している間も、案件の進行状況を考えながら、前倒して次に起こることのフォローをしていて、それに相まって、マレーシアでの新規案件ばかりだったので、政府機関とのやりとりも多く(マレー語)、そのくせ政府機関で分からないと言われ、たらい回しにされ(マレーシアあるある)、さらにどこにもその案件の前任者がいなかったので、本当に大変だった。誰もひいていないレールをゼロから作り上げるような仕事で、ゼロからイチを生み出すのは、こういうことなのかと常に考えていたな。寝ている間も仕事のことを思い出して、あ!あれ忘れてるかも!と冷や汗をかいて目を覚ます始末。ひとつのプロジェクトが終わると、またすぐ次のプロジェクトが押し寄せてくるので、脳が常に緊張状態だった。

 

ちなみに政府機関に聞いても自分たちが何をやっているか政府機関ですら分かってないので、海外の日系企業の強い味方、JETRO様に聞いても、JETRO様も答えられないのですよ。ということで、打破する方法としては、マレー系マレーシア人のスタッフに根気強く政府機関に確認を取らせる(政府機関はほぼマレー系マレーシア人なので)、という方法しかなく、だいたい数カ月後くらいに答えが返ってくるというペースが、マレーシアあるあると思っていただければ。

 

そんなふうに仕事は確かに大変だったけど、それは同時に、マレーシア経済バブルゆえのメリットとやりがいでもあった。

 

なので仕事が大変だったから辞めたのではなくて、大変さなんて、方法やシステムを変えることで効率化が図れるのだし。

 

私は一人で購買~物流~営業までをこなしていたのだけど、案件が増えるにつれ、体力的にも物理的にも不可能になってきたので、マネジメントにスタッフの追加と、改善方法を提案するも、どうにもこうにも全くお話にならなくて。先に述べたように、社内にも小さな政治があり、マレーシアという国の縮小図を見ているようだった。

 

一方的な提案でなくて、あらゆる方向からの提案とあらゆる角度からのコミュニケーション方法を試みてみたけど、もうホント、お話ができなかった。General Managerがインド系マレーシア人だったのだけど、こいつがかなり厄介で、仕事を進める上での承認を彼から得る必要が毎回あり。スムーズに仕事をすすめる為の提案や依頼は、ただただ、私への嫌がらせと足を引っ張って、仕事を進められなくするという逆襲に毎回遭わなければいけないという非効率さ。政府機関でもたらい回しで、ただでさえ仕事が進まないのに、社内でも仕事が進まないという意味不明さ。敵は社内にもいた、ってねw

 

なら私に決定権があれば楽なんじゃない?と、昇格をリクエストし、昇格したが、昇格したところで、その上にいる人たちは変わらないので(結局、何をするにもインド系GMの承認がいる)、結局、私に決定権はなく。インド系GMの上にいる日本人大ボスに訴えたが、インド系GMの舌に巻かれているらしく、こちらもお話にならない。

 

私に、状況を変えることは不可能なのだと悟り、このまま続けて、体力と時間を奪われ、でもその時に、自分にとって、学ぶことのできる上司はいるのだろうかと考えたときに、あぁ、もうここで学ぶことはないと思った。

 

私は現地採用だったけど、駐在員の方と同じ待遇で働かせてもらっていて、マレーシアで働くメリットはかなり享受していたと思う。この部分は正直、最後までかなり迷ったけれども、あのまま続けていたら、人間不信になってメンタルが壊れそうで、そのメリットも手放して、かなり生活レベルは変わるだろうけど、それでもシンガポールに行こうと思った。

 

私の退職願いが出された後、
社内では、"私が辞めるに当たって、仕事をどうするのか"っていうミーティングがくどくど週に2回、3回にも渡って開かれ、今更、この仕事量と内容を誰もテイクオーバーできないことに気づいたマネジメントサイドは、最終的には「(退職するってことに)気は変わらないのか」と言う始末。

 

今まで自分の身だけを守る為に、避けてきたことに対して、今度は"あなたの"レベルが問われることになるからね。今更、いなくなって困るなんて思われても、自業自得です。

 

マレーシアという国自体が、こんな感じなので、もうダメだこりゃって感じだったんです。マレーシア航空失踪のニュースを見ていると、マレーシアという国の問題(政府の対応のしかた)が浮き彫りになっていて、私には非常に興味深いですけどね。

 

私は、仕事のできる人と、普通に働きたいと思った。ただただ、スムーズに仕事がしたいと思った。

 

でも日本はどーでもいい余計なストレスと冬があるので、冬のない、先進国・シンガポールとなったわけです。何よりシンガポールの労働ビザは、プロフェッショナルでないと取りにくく、国の首相が自ら、

 

"我が国は、中の上以上の人々が働き、根を降ろすことは推奨するが、中の下の人々が根を降ろすことは推奨しない"

 

と言っちゃう国。人種差別と言われるかもしれないけど、ここまでの厳しさの中だからこそ、勝ち得た国としてのレベルの高さと人々のレベルの高さがあるのだと感じています。

 

実際、働いてみると、日本人と働いてるのとあんまり大差ないような。いやむしろ上かもと思うこともあり。これからのシンガポールライフが楽しみでもあります。

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