さちよが動物から習ったこと

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実は最近、知り合いが亡くなったんです。

あ、コロナではなく老衰ね。老衰といえば我がひいばあちゃん、うちではひいばあちゃんのことをおっきばあちゃんと呼んでいたのでここでもおっきばあちゃんと呼ぶじゃ。(ちなみにおばあちゃんはたまに「小さいおばあちゃん」と呼ばれていました。かわいいでしょ。)

うちんおっきばあちゃんはのぉ、101歳まで生きたんだっちゃ。凄いっしょ。101、ワンオーワン、台北101ですかね。ご縁がありますね(←無理矢理感)。実家の市長さんから、そして小泉純一郎さんから賞状が届いたんよ。社会に貢献してくれてありがとう、と。長生きすることが貢献になるとは、なんとも素敵なことだんな。
まぁそらどうでもいいんだけものぉ、小さい頃さちよがおっきばあちゃんに抱いとった感情って、【耳ん悪ぃしテレビは大音量で喋りかけるのんも大声で喋らんなん】【ママ(ご飯)食うかテレビ見とるか草むしりしとるかのどれかしとる人】【なんでもよぉ食う】【優しくされた覚えはないけどお年玉は毎年くれる】。特に好きでも嫌いでもなく、ただ単に一緒に暮らしとっただけのイメージ。すまんおっきばあちゃん。
そんなおっきばあちゃんがさちよが小学んときかな、ボソッと呟いた言葉があります。「みんなぁおらんなるのぉ。」歳を重ねれば重ねるほど、おばあちゃんの友達は先立つもんで、取り残されるのが寂しかったんだろうね。小さいながら、今でも鮮明に覚えている物悲しそうにそう言ったおばぁちゃん。楽しそうにしてるところを見た覚えがなかったさちよはあの時てっきり、あー 生きてても楽しくないんだ って思ったの。
だけど、そんなおばあちゃんが亡くなる前日、お母さんに「オラまだ死にたくねぇっちゃ。」と涙ながらに話したそう。あの話を母から聞いた時、人生に面白みを感じていなかったさちよは初めて、「101年も生きた人がそう言うのなら、人生まだ何か楽しいことがあるのかもしれない。」と目の前の霧が晴れたような気持ちになったのです。おっきばあちゃんありがとうね。今では最高に楽しい毎日だよ。

人の死に触れたのはあれが初めてだったかな。とはいえさちよ最後を看取れてないの。いつも看取れないの。父方のおばあちゃんも一週間後に行くって決めて飛行機も取ったのに、あの時も間に合わなかった。我が実家で飼っていた歴代ワンコ達も看取れずで、呪われてるのかと思うほど最後付き添ってあげられなかった。

あ、そうそう、さちよ一度ペットロスにかかっています。あれは小学生の頃。
我が家で初めて飼ったワンコは元捨て犬ちゃんで外飼いワンコ。あの子は猛烈に賢い子で解き放っても口笛で戻ってくるという素晴らしいワンコでした。「お散歩もするしご飯もちゃんとあげるもん!さちよちゃんと面倒見るもん!」と言いつつ、ご飯はママ、お散歩はパパがやってくれるっていうすっごい典型的に面倒見なかった子供のさっちゃん。1代目ワンコが亡くなった時、さちよは地獄に落ちたような気持ちになり死んだ事実を受け入れられずそれはそれは大後悔。今思うとありゃ完全なる「ペットロス」。泣いて泣いて泣いて、次の日にはうちの庭に埋めたお墓を掘り起こしました。ほんと酷いっしょさちよ。でもね、小型だったあの子は最後ダンボールにいつも使っていたお椀とタオルとともに埋められたから結構デカかったはずなのに、どんなに掘っても出てこなかったの。どんなに掘ってもどんなに掘ってもずーーーーっと掘っても、全然出てこなかったの。ふと、さっちゃん掘りおこさないで と1代目に言わた気がして、やっと落ち着きを取り戻した小学生さちよ。あの後悔は子供心にすごく大きかったのだ。
で、さちよ専門ペット系の学校行ってるんだけど、そこでペットロスについても学び、要はちゃんと面倒見なかった後悔なんだ!ってことを我が師匠に教えられ、その後実家で飼った2匹目と3匹目の死は一切ペットロスにならなかったのね。凄いっしょ。距離が離れていても実家に帰った時はあげられる愛情は全てあげられたから、後悔は一切なし。家族は一番可愛がっていたさちよを心配してくれたんだけど、むしろ家族には看取ってくれてありがとうと感謝の気持ちでいっぱいだったのよ。むしろ気を遣わせてごめんと思ったわえ。すまんのぉ。

あ、ねぇ知ってる?ワンコってね、亡くなったら飼い主のこと三途の川の橋の前で待っててくれるんだって。さちよその話がすごく好きなの。ワンコらしいよね。今うちで飼っとる猫2匹は、多分死んでもさちよのことなんぞ待たんとさっさと行ってしまう気がするけど(それはそれで猫らしいから良し)、犬は飼い主につくっていう言葉の通り、死んでもちゃんと待っててくれる気がする。(ちなみに猫は家につきます。猫は家が命です。)そう思うと、なんか三途の川行くのも悪くないよね。あ、死にたいって言ってるわけじゃなく。また会えるんだなーと思うとほっこりする。

老衰で亡くなった知り合いのお方もさちよ同様動植物が大好きな人だったので、きっと今頃歴代ワンニャン、あと鳥!たしか文鳥たちと会っていることでしょう。

ワタクシ動物病院で働いてたこともあるので、亡くなる前の動物がどんな風になってどうやって亡くなっていくのか大体わかるようになったんだけど、この知り合いの方も実は何年も前から三途の川に足踏み込んだりこっちの世界に戻ってきたりを繰り返してて、こっちに戻ってくる言うても見るからに明らかに弱ってて、こりゃあっちに完全に行くのも時間の問題だなってのがわかったので、心の準備は結構できてたのね。

最後は静かに息を引き取ったそうです。えぇ、またしても私は最後を看取れませんでした。2階で仮眠してたのよ。やっぱり呪われてるとしか思えない。

人間より寿命の短いワンニャン達、彼らの死に何度も直面してきたおかげで人間の死もかなり受け入れられるようになりました。もちろん悲しいのは悲しいんだけどね。

動物達とは話はできないけれど、話ができないからこそなんかいろいろもっとシンプルで、さちよが精神的に動物から学んだことはほんとにほんとにたっくさんあるのだ。

人間よ、もっとシンプルでいいのではなかろうか。あ、さちよも人間だった。

コメント

  1. 若草 若草 より:

    号泣(ToT)

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