オレンジジュースの香り

若草物語

私が一番初めに海外に興味を持ったのは、小学校2〜3年生のときだと思う。

私の父は、航空自衛隊で働いており、父の仕事の転勤で、うちの家族は、私たちが小さかった頃、沖縄県の宮古島と青森県に住んでいた。そして私が小学校4年生のときに、実家の佐渡島に戻ってきた。

 

青森県に住んでいたとき、父の仕事場へお迎えだかなんだか全く覚えていないけれど、たまに米軍基地(なのか自衛隊の基地なのかは不明)を訪問することがあった。

基地の中には、ハンバーガー屋さんやピザ屋さんがあって、そこでたまにごはんを買って帰ったりしていたんだけど、オーダーの列に並んで待っているとき、幼心に、そこは、日本と違う匂いで、雰囲気も日本と全然違うなって思っていた。

小学校2〜3年生だった私は、おそらく、「外国」という存在と、たぶん、「外国」という言葉すら、知らなかったんだと思う。

 

周りには、父よりも体の大きくて、髪の色が金色の迷彩柄を着た人たちが、私たちと同じ列に並んで話している。それが、日本語と違う言語だってことも、なぜあの人たちの髪の色が違う色だったかも、当時の私は分からなかったんだと思う。

 

ピザとオレンジジュースを父が頼んでくれて、そのオレンジジュースを初めて飲んだとき、

 

“あれ?いつものオレンジジュースと違う味?”

 

って、思ったのを今でも覚えてる。

それはまさしく「アメリカ」だったのだと思う。

あの時のハンバーガー屋さんやピザ屋さんの、お店の作りや雰囲気や、そこで提供される食べ物や飲み物が、

「アメリカと同じ雰囲気と匂いと味」

だったということを、19歳で初めてホームステイをしに渡米したときに知った。

 

あの時の「なんか、いつものオレンジジュースと違う味!!」っていう衝撃が、やがて私を「外国」への興味へいざない、小学校4年生くらいから洋画を見始め、父にお願いして、中学生になる前から、塾で英語を勉強し始めた。

そして、すっかり外国(アジアばかりだけど)に定着してしまった今の私があるんだと思う。

 

と思うと、人生、とても興味深いな。

 

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